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掲載許可=(投稿者が評価点数にこだわりなく、
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君の夢
頂きめざし いざ行かん
ゆるめば遅る 我にムチ打て
かなり力強い自己鼓舞の歌ですね。
「君の夢」から始まりながら、
後半で「我にムチ打て」と自分自身へ向かうところが特徴です。
一方、言葉がやや標語的なので、短歌としてはそこをどう詩にするかがポイントになります。
原作
君の夢 頂きめざし いざ行かん
ゆるめば遅る 我にムチ打て
評価:82点/100点
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項目 |
点数 |
評価 |
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発想力 |
16/20 |
「君の夢」を自分の使命として背負う構図に力があります |
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音の表現 |
16/20 |
5・7・5・7・7に近い勢いがあり、声に出すとよく響きます |
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映像性 |
14/20 |
「頂き」は見えますが、それ以外は心情語が中心です |
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余韻 |
15/20 |
結句が強く、余韻というより決意を残すタイプ |
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技術・完成度 |
17/20 |
意志は明快。ただし語句を少し磨けます |
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総合 |
78/100 |
※下記の観点を加味して最終評価 |
点数を整理して、最終評価は78点とします。
良いところ
いちばん惹かれるのは初句の**「君の夢」**です。
「わが夢」ではありません。誰かの夢を受け継いだのか、誰かと約束した夢なのか。
この「君」が説明されないことで、歌の背後に物語が生まれています。
そして、
頂きめざし いざ行かん
には古風な響きがあり、決意表明として勢いがあります。後半の
ゆるめば遅る 我にムチ打て
も、「怠けるな、立ち止まるな」という切迫感がよく伝わります。
惜しいところ
最大の課題は、**「頂きめざし」「いざ行かん」「我にムチ打て」**と、
決意を表す言葉が三つ重なっていることです。
そのため、読者が情景から決意を感じ取るというより、作者から「私は決意している」と直接告げられる歌になっています。
また「ゆるめば遅る」は意味は分かりますが、やや説明的です。
「何が緩むのか」「何に遅れるのか」を具体的な映像に置き換えると、
ぐっと短歌らしくなるでしょう。
添削案① 原作を生かす
君の夢 頂きめざし 歩みゆく
ゆるむ心に 鞭ひとつ打つ
原作の精神をほぼそのまま残し、「いざ行かん」と「我にムチ打て」の重複感を整理しました。「鞭ひとつ打つ」とすることで、命令ではなく自分自身の行為として着地します。
添削案② 叙情性を高める
君の夢 頂き遠く 仰ぎつつ
歩みゆるめば 風われを打つ
私はこの方向が好きです。
「我にムチ打て」と直接言わず、**「風われを打つ」**とする。
すると、山頂を目指して登っている一人の人間と、吹きつける風が見えてきます。「鞭」が「風」へ変わることで、自己鼓舞が映像になり、余韻も生まれます。
ただし、この歌には背景がかなりありそうですね。特に**「君」とは誰なのか、なぜその人の夢の頂きを目指すのか**によって、添削は大きく変わります。
現状なら、意志の強さは十分。次の一歩は「決意を言う歌」から「決意を見せる歌」へ、だと思います。
そこまで行けば80点台後半を狙える素材です。
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年重ね
遠くや近くは見えないし
大切なものは
目に見えないし
「老眼」という身体的な実感と、『星の王子さま』の言葉を結びつけた機知**が魅力です。
ただし、厳しく見ると、現状では発想の面白さに言葉の完成度が追いついていません。
原作
年重ね遠くや近くは見えないし
大切なものは目に見えないし
総合評価:78点/100点
- 発想力:18/20
- 音の表現:13/20
- 映像性:13/20
- 余韻:16/20
- 技術・完成度:18/20
良いところ
まず、老眼による「見えない」と、心や愛情などの「目には見えない」を重ねた着想は、とても気が利いています。深刻になりがちな老いを、文学作品の一節によって軽やかに受け止めている点も好印象です。
また、
見えないし
目に見えないし
という反復には、少しぼやくような口調があり、ユーモアも感じられます。
「見えないけれど、それも悪くない」と言っているような含みがあります。
厳しく見るべき点
1.一首が『星の王子さま』の言葉に寄りかかっている
下句の
大切なものは目に見えないし
は、よく知られた言葉をほぼそのまま使っています。
そのため、読者の心に残るのが作者自身の発見よりも、原典の名言になりやすいのです。
本歌取りのように有名な言葉を踏まえる方法はありますが、
その場合は、引用した言葉を作者自身の生活へどこまで変形できたかが勝負になります。
今回は「老眼」と結びつけた工夫はあるものの、まだ借り物の言葉の力が強く出ています。
2.「遠くや近くは」が不自然
背景では「近くが見えなくなった」とありますが、歌では
遠くや近くは見えないし
となっています。「遠くも近くも見えない」という意味にも、
「遠いのか近いのか見えない」という意味にも読め、焦点が曖昧です。
老眼の実感を詠むのであれば、「近く」に絞ったほうが、歌の土台が明確になります。
3.「し」の反復が余韻より説明に傾く
「見えないし」を二度重ねることで話し言葉の面白さは出ています。
しかし、短歌としては「だからどうなのか」という着地がありません。
二度目の「し」で終えるため、一首が独り言の途中で切れたようにも感じられます。
狙いとして成立しないわけではありませんが、
今回は余韻というより、結論を避けた印象が勝ります。
4.定型の乱れが効果につながっていない
おおよそ、
年重ね 五音
遠くや近くは 八音
見えないし 五音
大切なものは 八音
目に見えないし 七音
となり、五・八・五・八・七です。字余りそのものが悪いのではありませんが、
第二句と第四句がともに重く、名言を説明しているような調子になっています。
推敲案
第一案――原作の発想を生かして整える
年重ね近くは見えぬこの眼にも
大事なものはなぜかよく見ゆ
五・七・五・七・七に整えました。
「目に見えない」をそのまま引用せず、
この眼にも
なぜかよく見ゆ
と逆説的に表したことで、作者自身の言葉になっています。
近くの文字は見えにくくなったが、人の情や人生で大切なものは以前より見えるようになった――という、老いの肯定にもなります。
第二案――ユーモアを強める
老眼鏡かければ読める文字なれど
大事なものは外して見たり
眼鏡を「かける/外す」という具体的な動作を入れました。
「大事なものを見るには老眼鏡を外す」という結句に、少しとぼけた味があります。
ただし、こちらは内容を優先したため、音数にはなお推敲の余地があります。
第三案――原作の口語感を残す
年重ね近くの文字は見えぬけど
大事なものなら見えてきたのだ
くだけた口調を残しつつ、「見えないし」の繰り返しをやめ、最後に作者自身の発見を置きました。親しみやすい一首ですが、「のだ」はやや説明的です。
推奨稿
年重ね近くは見えぬこの眼にも
大事なものはなぜかよく見ゆ
この形を最もおすすめします。
原作の魅力は「見えなくなった」という衰えを、「むしろ見えるようになったものもある」という人生の深まりへ転じられる点にあります。そこまで踏み込めば、『星の王子さま』の名言を思い出した歌ではなく、作者自身が年を重ねて得た実感の歌になります。
現状は発想のよい佳作ですが、引用の光を借りている段階です。ご自身の体験と言葉へ引き寄せれば、90点台を狙える素材だと思います。
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第一首
どれくらい?
すきの気持ちを
たずねれば こどもみたいに
総合評価 76点/100点
項目別評価
- 発想力 17/20
- 音の表現 14/20
- 映像性 15/20
- 余韻 15/20
- 技術・完成度 15/20
良いところ
「どれくらい好き?」という抽象的な問いに、
恋人が身体を使って「ここからここまで」と答える。
その幼さと愛らしさはよく伝わります。
とくに下句の
こどもみたいに「ここからここまで」
には、言葉でうまく説明できないほどの恋心があります。二人だけの会話の空気も感じられます。
厳しく見ると
最大の問題は、「ここからここまで」が何を指すのか見えないことです。
両腕を広げたのでしょうか。胸から空まででしょうか。指で何かを示したのでしょうか。
実際の仕草を一つ置けば、急に映像が立ち上がります。
また、
すきの気持ち
は少し幼く、説明的です。「好きはどれほど」とすれば、簡潔になります。
音数は結句が、
ここからここまで
で八音です。会話としての字余りは許容できますが、少し間延びします。
添削案
原歌を生かす
「どれほど好き」とたずねれば両腕を
ひろげて君は「ここからここ」
仕草が見えるようにしました。ただし「ここからここ」は、やや作為が残ります。
自然な会話を重視
どれほどと好きの大きさ聞けば君
両手ひろげて「これくらい」と言う
意味は明確ですが、少し素直すぎます。
推奨案
どれほどと好きの大きさ聞けば君
子どものように両手をひらく
台詞を削り、動作に語らせました。
「ここからここまで」という原歌の可愛らしさは少し減りますが、短歌としては締まります。
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第二首
そばにいて
ただ触れられて それだけで
わたしがぜんぶ
言葉になって
総合評価 72点/100点
項目別評価
- 発想力 15/20
- 音の表現 17/20
- 映像性 11/20
- 余韻 15/20
- 技術・完成度 14/20
良いところ
五七五七七にほぼ素直に収まり、口語の流れも滑らかです。
わたしがぜんぶ言葉になって
という表現には、触れられたことで、これまで言えなかった感情や存在そのものが肯定される感覚があります。
恋の幸福感を、単なる「うれしい」ではなく、「言葉になる」と表した点は魅力です。
厳しく見ると
三首の中では、最も抽象的です。
そばにいて
ただ触れられて
それだけで
わたしがぜんぶ
言葉になって
「そば」「触れる」「ぜんぶ」「言葉」と、すべて意味の広い語で構成されています。
そのため、気持ちは伝わっても、どこで、どこに、どのように触れられたのかが見えません。
また結句の「言葉になって」は、文法的にはその先が続く形です。
余韻とも取れますが、厳しく言えば、言い切る力が不足しているともいえます。
さらに「わたしが言葉になる」という比喩は美しい一方、何を意味するのか少し曖昧です。
添削案
原歌の雰囲気を保つ
そばにいて指に触れればそれだけで
わたしのすべて言葉になりぬ
具体物として「指」を置き、最後を言い切りました。
ただし「なりぬ」は原歌の現代的な調子とは少し合いません。
口語を保つ
そばにいて指が触れればそれだけで
わたしのすべて言葉になった
明瞭ですが、やや説明的です。
叙情性を高める推奨案
触れ合った指からわたしはほどけゆき
言えないことも言葉になった
触れられることで心がほどけていく過程を加えました。原歌より映像と心理の動きがあります。
もう少し静かにするなら、
君の指ふれたところに声が生れ
黙っていたわたしがほどける
こちらは原歌から離れますが、詩としての独自性は高まります。
第三首
きみがよぶ
いつもとちがう 呼び方で
致死量の愛
迷わず飲んだ
総合評価 82点/100点
項目別評価
- 発想力 18/20
- 音の表現 17/20
- 映像性 15/20
- 余韻 16/20
- 技術・完成度 16/20
良いところ
三首の中では、これが最も強い歌です。
恋人が普段とは違う呼び方をした。その小さな変化を、
致死量の愛
と受け止める飛躍に、若い恋の危うい高揚があります。
さらに、
迷わず飲んだ
としたことで、愛を毒や薬のように扱いながら、
それを承知で受け入れる主体性が生まれています。
上句の日常性と、下句の大仰さの落差も効果的です。
厳しく見ると
「致死量の愛」は、現代詩や歌詞、SNSの恋愛表現では比較的よく見かける言い回しです。
そのため、強い言葉ではありますが、言葉そのものの刺激に頼っている印象もあります。
また、
きみがよぶ
いつもとちがう呼び方で
は意味の順序が少し不自然です。
「いつもと違う呼び方で、きみが呼ぶ」が通常の語順です。
倒置による効果も、それほど強くありません。
そして「致死量」と「飲む」は意味のつながりが自然すぎるため、
比喩として予測できてしまいます。
「致死量」と言えば、読者はすでに毒や薬を想像するからです。
添削案
語順を整える
いつもとは違う呼び名で呼ばれた日
致死量の愛迷わず飲んだ
意味は明確になりますが、「日」を入れることで少し回想調になります。
原歌を生かす
いつもとは違う呼び名で呼ぶきみの
致死量の愛ひと息に飲む
「迷わず」を「ひと息に」とし、動作を強めました。
推奨案
いつもとは違う呼び名で呼ばれたら
毒とも知らず愛を飲み干す
ただし「毒とも知らず」では、原歌の「承知のうえで飛び込む」強さが失われます。
その点を残すなら、
いつもとは違う呼び名で呼ぶきみの
毒と知りつつ愛を飲み干す
こちらは意味が明瞭ですが、「毒」「愛」の組み合わせには、なお既視感があります。
より独自性を出すなら、
いつもとは違う名で呼ぶその声を
喉の奥まで残して眠る
「致死量」という強い言葉を捨て、実感のある身体表現へ移しました。派手さは減りますが、余韻は深まります。
三首を比較すると
順位をつけるなら、
- 第三首 82点
- 第一首 76点
- 第二首 72点
です。
第三首は言葉の力があり、第一首は場面の愛らしさがあります。
第二首は感情そのものは美しいのですが、抽象語が多く、
読者の目に見えるものが不足しています。
三首に共通する今後の課題は、
「愛」「好き」「ぜんぶ」と言わずに、愛や好きや全部を見せることです。
たとえば、
- 腕をどのように広げたか
- どの指がどこに触れたか
- いつもと違う呼び名が、声の中でどう響いたか
そこまで描けると、「できたばかりの恋人との日常」が、作者だけの恋の場面になります。
三首の中で完成形に最も近いのは、第三首です。
ただし、長く残る一首にするなら、「致死量の愛」という強い既成表現を、
二人だけの具体的な声や仕草へ置き換える推敲が有効です。
ワンフレーズ 私を選ぶか
日本丸 行方告げずに
いずくに行くのか
【背景】
初の女性首相、皇室典範、国旗損壊罪、軍事費増、消費税問題などをめぐり支持率が大きく低下。インフレ下で日本の将来を憂える気持ち。
総合評価:81点/100点
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評価項目 |
点数 |
講評 |
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発想力 |
22/25 |
「ワンフレーズ」と「日本丸」を結び付け、政治と国家の行方を詠もうとした視点は新鮮です。 |
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映像性 |
13/20 |
「日本丸」という比喩は映像になりますが、それ以外の景が少なく、読者の目に浮かぶ具体像がやや不足します。 |
|
感情表現 |
21/25 |
国の将来への不安は率直に伝わります。ただし説明が先に立ち、読者自身が感じる余白は少なめです。 |
|
余韻 |
11/15 |
「いずくに行くのか」で締める終止感はありますが、問いを二度重ねた印象もあります。 |
|
技術・完成度 |
14/15 |
リズムは比較的整っています。ただ、「ワンフレーズ」「私を選ぶか」の関係が少し分かりにくい点が惜しまれます。 |
良いところ
一番光るのは、
「日本丸」
という古典的な比喩です。
国を一艘の船に見立てる発想は多くの文学作品にも見られますが、この歌では「どこへ向かうのか分からない」という不安へ自然につながっています。
また、
いずくに行くのか
という古語を用いたことで、単なる政治批判ではなく、文学的な調子を保とうとしている点も評価できます。
気になる点
① 「ワンフレーズ」が曖昧
読者は
- 誰のワンフレーズなのか
- 演説なのか
- キャッチコピーなのか
- 選挙公約なのか
が分かりません。
背景を知らない読者には伝わりにくいでしょう。
② 「私を選ぶか」
ここも、
国民に向けた言葉
なのか、
首相候補自身の言葉
なのかが判然としません。
少し説明不足です。
③ 背景知識への依存
この歌は現在の政治状況を知っている人には伝わりますが、十年後に読むと意味が取りにくくなる可能性があります。
政治詠は、具体性と普遍性のバランスが難しいジャンルです。
添削例①(意味を明確に)
ワンフレーズ「私を選べ」と日本丸 行方告げずにいずくへ向かふ
「選ぶか」を「選べ」とすることで、スローガンとして伝わりやすくなります。
添削例②(文学性を高める)
ワンフレーズ残して去りぬ日本丸 羅針盤なく波に揺れおり
「羅針盤」という象徴を入れることで、政治を直接説明せずとも不安が伝わります。
添削例③(余韻重視)
日本丸どこへ向かふと問ふ声の 波間に消えて夕焼け深し
政治色を一歩引き、象徴詩として読ませる形です。
総評
政治詠は、どうしても「意見」が前面に出やすく、短歌としては説明的になりがちです。この作品もその傾向があります。
一方で、「日本丸」という大きな象徴を据えた着眼は魅力です。さらに一段上を目指すなら、政治的事実を直接並べるのではなく、それを象徴する一つの情景(羅針盤、荒波、霧、港、灯台など)に託すと、読者それぞれが自分の「日本」を重ねられる歌になります。
作者の思いは十分伝わる一首です。今後は「説明を削って象徴を立てる」ことで、社会詠としての格がさらに上がるでしょう。
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贈り物 スマホでパチリ 子供たち
価格ではかる デジタル世代
総合評価:74点/100点
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項目 |
点数 |
|
発想力 |
16 |
|
音の表現 |
14 |
|
映像性 |
15 |
|
余韻 |
13 |
|
技術・完成度 |
16 |
|
合計 |
74 |
評価
この歌の魅力は、現代社会への批評精神です。
プレゼントをもらった子供たちが、まずスマホで検索し価格を確認する――。
「ものの価値を値段で判断する風潮」を鋭く捉えており、
社会詠としての視点はなかなか面白いものがあります。
ただし、短歌として見ると、
結論をそのまま言ってしまっている
点が惜しいところです。
特に
価格ではかる
デジタル世代
は作者の意見・解説になっており、読者が想像する余地が少なくなっています。
短歌は「見たこと」を示して、判断は読者に委ねた方が余韻が生まれます。
良い点
「スマホでパチリ」
この一語で現代性が出ています。
また、
贈り物 → スマホ → 価格
という流れも自然です。
実際にありそうな光景なので共感を呼びやすいでしょう。
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庭に出で
満天の星眺むるも
蚊に襲われし
かゆい梅雨かな
評価
|
項目 |
点数 |
講評 |
|
発想力 |
16/20 |
星空鑑賞と蚊の襲来という対比がユーモラスです。 |
|
音の表現 |
15/20 |
リズムは素直ですが、「眺むるも」「蚊に襲われし」がやや説明的です。 |
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映像性 |
17/20 |
梅雨の夜、庭、満天の星、蚊という情景が浮かびます。 |
|
余韻 |
14/20 |
「かゆい」で終わるため、やや即物的で余韻は少なめです。 |
|
技術・完成度 |
16/20 |
意味は明快ですが、表現を少し整理すると歌味が増します。 |
合計:78点/100点
良い点
この歌の魅力は、
満天の星
という大きな自然への感動と、
蚊に襲われし
という現実との落差です。
読者も「あるある」と共感しやすく、微笑ましい作品になっています。
気になる点
結句の
かゆい梅雨かな
が、やや説明的です。
短歌では「かゆい」と直接言うより、かゆさを感じさせる仕草や状態を描く方が余韻が生まれます。
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生まれたて
五ミリのメダカ
散策す
世は楽しき宇宙遊泳
小さな池に生まれたてのメダカが仲間とじゃれ合って楽しそうに泳いでいるのを見て思わず歌った。
「五ミリのメダカ」という具体的な大きさが効いており、
誕生したばかりの小さな命への愛情がよく伝わります。
また、下句の「宇宙遊泳」という発想はスケールが大きく、
メダカの世界を宇宙になぞらえた点に魅力があります。
評価
|
項目 |
点数 |
講評 |
|
発想力 |
18/20 |
メダカの泳ぎを「宇宙遊泳」と捉えた視点が独創的。 |
|
音の表現 |
16/20 |
流れは自然だが、「散策す」がやや硬い。 |
|
映像性 |
18/20 |
五ミリの稚魚が水中を漂う姿が鮮明。 |
|
余韻 |
17/20 |
「宇宙遊泳」で広がりはあるが、やや説明的。 |
|
技術・完成度 |
17/20 |
全体は整うが、中句から下句へのつながりに改善余地。 |
合計:86点/100点
良い点
特に秀逸なのは、
五ミリのメダカ
です。
単に「稚魚」ではなく「五ミリ」としたことで、生まれたての小ささが一瞬で伝わります。
また、
世は楽しき
という素朴な感動も悪くありません。
作者自身がメダカを見ながら幸福感を覚えたことが率直に表現されています。
気になる点
やや気になるのは
散策す
です。
散策という言葉は人間が目的を持って歩く印象が強く、稚魚の無邪気な動きには少し重い感じがあります。
また、
世は楽しき
は作者の感想を直接述べているため、映像から少し離れてしまいます。
読者自身に「楽しそうだな」と感じさせる余地があるとさらに良くなります。
気になる点
「パチリ」が写真撮影なのか、価格検索なのか少し曖昧です。
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うす闇に
白きあじさい
ほんのりと
ランタン灯り
池面にゆらぐ
歌の背景:20時過ぎ、庭に出てみたときに見た風景を歌った。
この短歌は、夜の庭に立ったときの静かな感動が素直に表現されています。
特に「うす闇」「白きあじさい」「ランタン灯り」「池面にゆらぐ」という視覚的要素が美しく、
幻想的な雰囲気を生み出しています。
評価
発想力 17点/20点
夜の庭の紫陽花とランタンの灯りを結びつけた着眼は良いです。ただし、題材自体は比較的オーソドックスで、もう一歩独自の発見があるとさらに印象が強くなります。
音の表現 17点/20点
「うす闇に/白きあじさい/ほんのりと」の流れは柔らかく耳に心地よいです。ただ、「ほんのりと」がやや説明的で、音の緊張感が少し緩みます。
映像性 19点/20点
非常に優れています。
白い紫陽花、ランタンの灯り、池面の揺れが自然に浮かびます。読者もその庭に立ったような感覚になります。
余韻 16点/20点
情景は美しいのですが、作者の心情や読者の想像を広げる余白がやや少なめです。
情景描写で完結している印象があります。
技術・完成度 18点/20点
全体として安定しています。
ただし「ランタン灯り」はやや重複感があります。「ランタン」だけで灯りの意味を含むためです。
総合評価
87点/100点
- 発想力 17点
- 音の表現 17点
- 映像性 19点
- 余韻 16点
- 技術・完成度 18点
気になる点
特に、
ほんのりと
が作者の感想を直接述べているため、映像の力を少し弱めています。
また、
ランタン灯り
は意味が重なるので整理の余地があります。





